フコイダン情報局

フコイダンで癌が治った!奇跡の体験を紹介します。

転移した末期癌が完治した。

私は以前肺ガンを発病し、右肺の3分の1を摘出してなんとか一命をとりとめた経験がありました。しかし、それ以来、肺炎にかかりやすくなり、何回か入退院をくり返していました。そのため、健康には人一倍気を遣うようにはなつていたのですが・・・

平成14年の4月、病院の定期診断で左肺に影が見つかり、おそれていた再発が確認されました。しかも、これはあとから聞いたことですが、末期に近い状態だったようです。

再発といわれたときは、目の前が真っ暗になり途方にくれました。高齢でもあり、摘出手術はもちろんのこと、抗ガン剤も投与できないといわれたのです。いわば、病院では手の施しようがなかったのです。

そのため自宅で療養することになりましたが、常に酸素マスクをはずせない状態で、生きているというか、無理矢理生かされているというような感じでした。ほとんど寝たきりの生活だったのです。

これもあとで聞いたことですが、通常の治療では、私の肺ガンは改善の見込みがない状態だったようです。

6月に入ったころ、私の家内が、友人から、「フコイダン」というもので親戚の方が末期がんから回復したという話を聞いて、友人を介して超低分子フコイダンを紹介してもらいました。

ワラにもすがる思いでしたので、早速飲み始めることにしました。1日300ccを、3回に分けて飲みました。

飲み始めて3日目に早くも変化が起こりました。

それまで四六時中続いていた咳がかなり減り、呼吸も楽になったのです。1日中はずせなかった酸素マスクが少しずつはずせるようになりました。10日ほど経つと、家の周りくらいならどうにか歩くことができるまでに回復してきたのです。

酸素マスクなしでも呼吸がかなり楽になりました。7月に入ると、徐々にですが、確実に改善していくのがわかりました。それにつれて、生きる希望みたいなものも出てくるように
なったのです。

一時風邪をひき肺炎になりかかりました。非常にきつい状態になりましたが、今度は入院することもなく、また長引くこともありませんでした。これも、「超低分子フコイダン」のおかげなのでしょう。そして、風邪が治ってからは、順調に体力が回復していくのが自分でもわかりました。

9月の末に病院で検査をしたところ、驚くような結果が出ました。血液検査の数値がすべて正常値になっていたそうです。さらに詳しい検査をするために、ちょうど1カ月後にMRIの検査をしたところ、私の肺にあった影が、それこそ影も形もなくなっていたのです。

これには本当に驚きました。病院の医師も驚いていました。末期と宣告したガンが、なんの治療もしないでなくなっていたのですから。これは、もう「超低分子フコイダン」がガンをやっつけてくれたのにまちがいありません。

おかげさまで最初に肺ガンになったときより元気になりました。また、この冬はいまのところカゼ一つひいておりません。気候がよくなったら、家内と温泉に行くように計画しています。

私たち夫婦は、一生この「超低分子フコイダン」を飲み続けようと思っております。



胃がん転移からの回復

私の父は2005年4月に胃ガンのため、胃の全摘出をいたしました。病院の先生には、「リンパ節への転移していますので、再発は覚悟してください」と告げられていました。 

手術の後、一時退院しましたが、腫瘍マーカーの数値が高く、またすぐに入院することになりました。
 
抗がん剤治療も始まったのですが、副作用がひどく、体力的にもこれ以上は無理だと言われ、抗ガン治療も中止となりました。

もともと痩せていた父でしたが、体重が45キロまで減りました。

ちょうどこの頃、超低分子フコイダンを知人がお見舞いに持ってきてくれましたので、飲ませはじめました。

実はこのとき、お医者さまからは「あと3ヶ月」と宣告されていたのでした。

半ばあきらめかけていた私たちでしたが、父は「超低分子フコイダンを飲めば治るから」と頑張っているのを見て、「家族があきらめてどうする!」と少し多めにフコイダンを飲ませ、励ましました。

ちょうど、飲み始めて1ヶ月くらいした時だったと思います。父の顔色が良くなり、痛みもずいぶんなくなっているようでした。少しふくよかになったような気もします。

ちょうどその頃、検査の結果が出ました。

検査の結果、ホントに驚きました。腫瘍マーカーの数値がほぼ正常値に下がっていたのです。

実は私たち以上にお医者様も驚いていました。体力が持ち直したので、抗がん剤治療も再開したのですが、おかげ様で副作用もなく、病人だったのがうそのようです。

しばらく通院は続くと思いますが、超低分子フコイダンに出会えたことを本当にありがたく、幸せに思っています。




肺がんの再発・・・

2年前、肺がんとお医者様から聞かされ、手術をすることになりました。「なぜ?」と思いました。まさか自分がガンになるとは思いませんでしたから。

手術で肺(上皮)を取り除き、又少しリンパにも細胞があり術後抗がん剤投与と放射線治療とでどうにか元気になりました。

しかし、去年の健康診断で再発したのがわかったのです。

今年3月にまた入院することになりました。

ちょうどこの頃、私の妻の弟から超低分子フコイダンのことを聞いて、「一日も早い方がいいよ」とのことで飲用を始めました。

抗がん剤投与治療、外来とで今も通院していますが、退院時のガンマーカー指数は30くらいでしたが、今では4に下がっています。抗がん剤の副作用も少なくてビックリしています。

白血球が1200くらいに下がっているので少し心配ですが、今の健康状態を維持するため、超低分子フコイダンは私にとって、なくてはならないものになりました。

ありがとうございました。




3期の喉頭がんがフコイダンで助かった。

私は長年喫煙を続け、この病気を発症するまでは1日に2箱は吸っていました。1年ほど前に、急に声が出にくくなり、同時に食事が喉を通りにくくなったような気がしました。その後、食事のたびに喉がチクチクする違和感を覚えました。

おかしいなと思いつつも、病院嫌いなため、医者には行かなかったのです。

しかし、そうこうしている間に体重が減少し始め、また首にしこりのような腫れがあるのに気づきました。さすがに、これは一大事と病院を受診しました。

検査の結果、喉頭ガンであることがわかりました。それも3期です。本当にあのときは目の前が真っ暗になったことを覚えています。

主治医から外科手術を勧められました。話を聞くと、転移したリンパ節をきれいに取り去り、さらに声帯を含めた喉頭を全部摘出するしか方法がないといわれたのです。声帯をとるので、手術後は声が出せなくなるようでした。

食道発声という方法があるので、訓練次第で声は出るようになりますよといわれたのですが、どうして、この年になってそんな苦労をしなければならないのか、なかなかあきらめることができません。

病院から帰ってしばらくして、知人に相談しました。そのときに「フコイダン」のことを教えてもらったのです。

なんでも知人の親戚に、重い肝臓ガンだったのが「フコイダン」を飲んで治したという人がいるから、あきらめてはダメだよと、励まされ「フコイダン」を飲んでみる気になりました。

早速、超低分子フコイダンをとりよせ飲み始めました。

できるだけ回数を分け、ゆっくり飲むように説明を受けていたので、300ccを1日6回に分けて少しずつ飲み始めました。

飲み始めて、1週間ほどすると食事の時に喉がチクチクしていた感じがなくなりました。初めは気のせいだろうと思っていたのですが、3週間後には喉の腫れが軟らかくなっていることに気づきました。

1ヶ月目ぐらいを境に喉の腫れはみるみる小さくなっていきました。

そして、飲み始めて2ヶ月後に最初に受診した病院で再び検査を受けました。入院はしていませんでしたが、快く診ていただきました。

担当の先生は、「一刻も早く外科手術をしなければ・・・」と心配顔だったのですが、内視鏡で患部を診ると、明らかにガンが小さくなっているのです。 

大きさが3分の1に縮小していました。

先生は首を傾げながら、「なにか特別なことはしましたか?」と尋ねられるので、正直に「フコイダン」を飲んでいることを告げました。「フコイダン」 のことは、先生もご存じのようでした。

しかし、ここまで劇的に効くとは信じられないようすです。

それからは、本当にうそのように腫瘍が小さくなり、3か月後には、ほぼ喉頭ガンが改善していました。

これには本当に驚きました。



乳癌の為、超低分子フコイダンを飲んでいます。

5月の始め、胸のしこりに気がついて病院に行き、検査をしました。結果は「乳癌」。 
定期検診もきちんとやっていたので、ものすごくショックでした。

先生と相談し、「6月末に切除しましょう」ということになりました。

息子に心配をかけると思いながらも、乳癌が発見されたこと、手術のことを連絡しました。
それから数日後、東京にいる息子から「超低分子フコイダン」が突然届けられました。

なんでも、会社の先輩からフコイダンのことを聞いたとかで、送ってきたようです。
「これで、癌が治る」ようなことを書いた手紙が添えてありました。

半信半疑でしたが、「心配してくれる息子の為にも元気にならなくちゃ。できることは試してみよう」という気持ちで飲み始めました。

飲み始めて1ヶ月後の再診察の日、先生から驚くことに「切らなくても大丈夫です!ガンが消えていますよ」と言われたのです!

「本当ですか?」

「どうしてですか?」

「切らないで、後から転移しました」なんてことはないですか?と何度も念を押しました。

先生は「実は私も驚いています、特別な治療はしていないものですから」とおっしゃいました。あれから早いもので半年が過ぎました。

あの時、健康アドバイザーの方からアドバイスを受けた健康維持の量で、毎日「超低分子フコイダン」を飲んで、今でも元気に過ごしています。

「超低分子フコイダン」と、あの時、私に「超低分子フコイダン」を送ってくれた最愛の息子に本当に感謝しています。

「本当にありがとう」



余命6ヶ月 末期がんから奇跡の回復!

平成14年の3月、東京に住む母から電話がありました。父が胃ガンで、肝臓にも転移が見つかり、病院では「もう1年もたないだろう」といわれたといいます。

しかし、父にはガンであることを告げてはいないようです。

これを聞いたとき、目の前が真っ暗になりました。電話の向こうの母は気丈に振る舞っていましたが、母の気持ちを考えると、いても立ってもいられない気持ちになりました。

福岡で会社役員をし、忙しい毎日を送っております私でしたが、このときは休暇を取って翌週に帰省しました。

その折、会った父は、少し痩せた感じがしましたが、まだ元気そうに見えました。しかし、ガンは父のからだをゆっくりとむしばんでいるようでした。

それでも個人タクシーの仕事に出かけるのですから、なかばあきれて見守るばかりです。
そのときは好きな仕事をできるだけ続けさせてあげるのがよいと思って帰ることにしました。

それからはいつも、父のことを気にはしておりましたが、早々帰省することもできず、仕事の段取りをつけて帰ることができたのは、梅雨も明けた7月になってしまいました。

そのとき、さすがに父の容態はかなり悪化していました。背中の痛みを訴えるようになり、タクシーの仕事も休みがちになっているとのことです。「もう年だから」ということで強制的に仕事を辞めることを勧めました。

父の残り少ない人生を考えれば、遅すぎたかもしれません。

8月、友人から「フコイダン」 のことを偶然に聞くことになりました。この「フコイダン」がガンに効果があるというのです。

すぐに東京に電話しました。母から「先日病院の診断では、父は余命があと6カ月しかないこと。

いまは病院のベッド待ちの状態で、家にいるが、ベッドが空き次第、入院することになるだろう」と聞かされました。

フコイダンを送ることを伝えると、飲ませるとのことでした。
さらに、その夜、父に直接電話をし、「フコイダン」というものを送ったから、毎日飲むようにと、念を押しました。

父は、「お前がわざわざ送ってくれるなら飲んでみるか」と約束をしてくれました。なんだか声のハリまでもなくなっているように聞こえました。

本人にはガンの告知をしておりませんでしたが、かなりからだがきつかったのでしょう。日ごろから私のいうことをあまり取り合ってくれない父でしたが、このときはあっさり承諾してくれました。

それから、母にはちょくちょく電話をしていましたが、飲み始めてから、父の体調の変化には驚かされるばかりでした。

本当にいま考えてもビックリしてしまいます。

フコイダンを送って、1ヶ月が過ぎたころに病院のベットが空いたため、入院することになりました。 病院での検査の結果、なんと2週間で退院となったのです。

それまでは「フコイダン」を飲ませても、単なる気休めで、小さな親孝行くらいの気持ちだったのですが・・・

退院できた理由は、母が医師から聞いた説明では、8月の時点よりもガンがはっきりと小さくなっていること、通院してようすを見ると病院にいわれたというのです。

「あの超低分子フコイダンってすごいね」と母が感心しますが、私自身もそんなにすごいとは夢にも思っていなかったのです。

父はそれから驚くような回復を見せ、それから1カ月半後の検査で、さらに私と母は奇跡を目の当たりにします。

病院の話によると、ガンが消えているとのことです。

病院の医師は、「なにかされましたか」と、母にしきりに聞いたそうです。母は「フコイダンを飲ませました」といっても、医師は半信半疑で、フコイダンのことはあまりご存じないようだったとのことでした。

それから半月たった12月の初め、私は帰省し、父にすべてを話しました。ガンであったこと、余命6カ月と宣告されていたこと、などなどです。しかし、本人はあまり驚いたようすではありませんでした。

たぶんかついでいるとでも思ったのでしょう。そういうことはどうでもいいことなのでしょう。元気に回復できたのですから。その後、父はふたたび、タクシーにも乗るようになりました。

実は、いまでも少し信じられない思いがあります。本当に父はガンだったのか、本当に「フコイダン」が父を助けたのかと・・・。

しかしこれは紛れもない事実です。「フコイダン」が末期といわれたガンから父を救ってくれたのです。

自然の力は、本当に神秘で、すごいものだと思っています。



父には黙っていた進行性の胃癌が

私の父は進行中の胃がんでした。健康な頃から「もし何かあっても絶対に告知をしないでくれ」と念を押すほど気が弱い父でしたので、本人には「胃潰瘍」ということにしていました。
 
しかし、抗がん治療が進むにつれ、その副作用でだんだん気が滅入り、「退院したい」「治療したくない」「どうせ長くないんだろ」といい始めたのです。

私たちもそんな父を励ましていましたが、 それはそれは辛い日々でした。 そんな折、知人の紹介ではじめてフコイダンを知ることになりました。

超低分子フコイダンを購入する際に、「お父様が精神的に大丈夫なのであれば、きちんと告知し、『がんとともに闘う』という気持ちが治療をスムーズにする場合もありますよ」とアドバイスを受けたのですが、家族一同ものすごく悩み、結論が出ずにいました。

超低分子フコイダンは、1升ビンのサイズでしたので、父に分からないように、お茶のペットボトルに小分けし、「健康に良いらしいよ」と言って飲ませていました。

ところが、超低分子フコイダンを飲み始めて10日後の抗がん治療の時です。

なんと今までひどかった副作用が全く出なかったのです。

これをきっかけに、父に実際の病名を告げ、「超低分子フコイダンが効いているんだよ。きっと治るよ。一緒に頑張ろうよ」ということになったのです。
 
その後、超低分子フコイダンを、1日4回毎日欠かさず飲み、良くなった方の体験を何度も読み、一緒に頑張っています。

あれから抗がん剤の副作用は一切ありません。
先日、先生から「腫瘍がずいぶん小さくなっていますよ。頑張りましたね。」と言われました。本当に涙が止まりませんでした。
 
父はまだ治療中ですが、元気になって今まで通りの生活に戻れることを本人ともども楽しみにしています。



食道がんが再発・・・命の危機がフコイダンで・・・

3年前、人間ドックに入り、3センチ大の食道ガンが発見されました。酒とタバコは人の倍以上でしたので、ツケが回ってきたのかとあきらめましたが、大事には至りませんでした。

ガンが初期であったこと、早期発見できたことがよかったのでしょう。不幸中の幸いで、リンパ節の転移も、直接浸潤もなかったので、内視鏡を使った切除手術を行い、無事成功しました。

それが平成14年の夏、声が枯れていつまでも治らないので、3年前のガンのことが頭をよぎりました。前のときにお世話になった病院で検査を受けたのですが・・・。

悪い思いが的中しました。食道の内膜が狭小化し、気管分岐部に進展しているとのことです。目の前が真っ暗になりました。今度はガンがリンパ節にも転移し、他の個所にもガンが発見されたのです。

「5年生存率は上がっていますから」といわれましたが、なんの慰めにもなりません。不安な気持ちは変わりません。胸から首を触りながら、この中にあるものがなんで簡単に取れないのか、歯がゆい気持ちでたまらなくなりました。

気管支に転移したらどうしょう、食道を閉塞すると、食事もとることができなくなると、不安でしかたがありませんでした。今回の手術は大がかりになると、非常に不安がよぎりました。

即入院し、精密検査を受けることになりました。その日から、なんとかならないか、いろいろ考えました。健康食品や薬局、その他に電話しました。

返ってくる答えは、アガリクス、メシマコブ、プロポリス、サメ軟骨エキスでした。

私が入院して、数日後でした。私のベッドの隣の方が、退院することになったのです。私はいよいよ末期になり自宅に帰るのかと思っていましたら、癌が小さくなり症状良くなったので通院で様子をみるとのことです。

私は、わらをもすがる気持ちで、どうやって治ったのかたずねてみました。
すると、フコイダンを飲んだのですと教えてくれたのです。

「フコイダン」とは、聞いたこともありませんでした。
話を聞いていると、お店を紹介してくれましたので、早速注文することにしたのです。

迷う気持ちはありませんでした。わたしの目の前に現実に治った方がいるのです。

私は「フコイダン」を飲み始めました。
1週間後、手術の日が決まりました。2週間後に手術です。それまでは「フコイダン」を飲むことに集中したのです。

患部には、いつも違和感がありましたが、「フコイダン」を飲み始めてすぐに喉のつっかえがなくなった気がしました。気のせいかもしれませんが、そう信じることで救われるような気がしたのです。

体調が悪くなったら多めに、途切れることなく、常にフコイダンがからだの中にある状態を保ちました。

手術前の最後の検査の日がきました。超音波内視鏡検査、MRI、気管支鏡、胸部]線、腹部超音波などです。

そのときに、私のからだの中で奇跡が起こっていました。腫瘍の大きさが、最初の検査時の半分になっていたのです。

検査結果を見て、先生は首をひねるばかりです。「何かされましたか」と聞かれましたので、「フコイダンを飲んでいます」と答えました。

担当の先生は「なるほどフコイダンをね」といわれました。
先生はご存じだったようです。ただ、臨床例があることはご存じなかったようです。

この結果で、私のガンについてはしばらくようすをみることになりました。

その後は順調に推移しました。ガンはウソのように改善し、結局手術はすることもなく、1カ月で退院することができました。

退院して元気に会社にも出るようになりました。もちろん「フコイダン」は飲み続けています。



5センチあった肝臓癌が2ヶ月で消滅・・・ 

肝臓の異変に気がついたのは1年前の冬でした。勤務中に突然腹痛が襲い、どうにもがまんができず、その日は会社を早退しました。

しかし、次の日はウソのように痛みは消え、通常どおり会社に出勤しました。いつしか、腹痛のあったことも忘れていたのですが、それから5カ月ほど経ったころ、会社で健康診断を受けました。

結果は再検査でした。肝機能の数値が著しく悪化していたのですが、これはそれほど珍しいことではなく、まあ、アルコールを控えるようにいわれるんだろうなぐらいに思っていたのですが・・・

再検査の結果、判明したのが、考えもしなかった肝臓ガンでした。なんの自覚症状もなかったので、まさに狐につままれたような気がしました。

思い返してみれば、食欲が落ちてきたことと倦怠感でしたが、「これも年のせいだろうな」ぐらいに考えていました。

しかし、体重は65キロから55キロまで減っていたのですが その後、妻の友人の旦那さんが肺ガンを治したことを知りました。

その方から教えていただいたのが「フコイダン」でした。

それからすぐに「フコイダン」を飲み始めました。飲み始めてから1週間ごろから、食欲が増してきたように感じました。実際に体重が3キロほど増えていました。

2週間、1ヶ月と続けていくうちに、朝の目覚めもよくなり、休日には釣りにも行けるようになりました。

病院の検査では、5センチもあった腫瘍が1センチほどになっており、2カ月後には腫瘍もウソのように消えてなくなり、血液検査の数値も正常値になっていました。

医師からもう大丈夫と太鼓判をいただきました。いまも、仕事を続けておりますし、相変わらず釣りにも行っております。

ガンだといわれたことが全くなかったかのように元気に振る舞えています。

この「フコイダン」 のパワーには本当に感心しています。



肺ガンで余命6ヶ月と診断され

肺がんで余命6ヶ月と診断され、入院。

抗がん剤を投与しておりましたが、副作用がひどく、髪がすべて抜けてしまいました。

私はもとより、家族もつらい日々が続いていました。そんな折、知人より超低分子フコイダンを頂く機会がありました。

飲用しましたところ、まったくなかった食欲がでてきたのです。それを機にさらに飲用を続けてみることにしました。

そして、驚くことに、3ヶ月目のある日、抗がん剤の副作用で抜けてしまった髪の毛が生えてきたではありませんか。

その時の喜びはとても言葉では言い表せません。

フコイダンを飲用を始めてから6ヶ月目の現在、大変うれしいことに退院できることになりました。

今は仕事に復帰できるように準備中です。



抗がん剤も効かなかった乳がんが・・・

ある日、わきの下のリンパ腺が腫れていることに気づきました。鏡の前でよく乳房を見、右側の乳房に皮膚が引っ張った感じがするのです。

触ってみたら、わきの下から乳首にかけてしこりのようなものがあるのがはっきりわかりました。特に外側の上部にしこりがあります。「もしかして乳ガン?」と心配になり、病院で検査を受けました。

その結果、恐れていたとおりでした。ガンの大きさは3センチで、ほかに2センチのものが2カ所見つかりました。中期の乳ガンと診断されました。

そして、入院して放射線療法と化学療法の併用で治療をすることに決まりました。その病院では、外科的にガンを切り取るのではなく、できるだけメスを入れないことで有名でした。

私自身も乳房にメスを入れられるのは絶対にいやだったのです。

入院してすぐに放射線療法が始まりました。1クールが終わって、2週間後に検査してもほとんどガンの大きさは変化しませんでした。

抗ガン剤も3種類飲みました。

しかし、吐き気と脱力感、それに脱毛に苦しめられるようになったのです。

なんとか1カ月は耐えることができましたが、精神状態と肉体状態も限界に近づいているのがわかりました。

ガンは治らず、このままからだがボロボロになっていく・・・そう思うと、不安な入院生活でした。

ちょうどそんなころでした。仲の良い友人が見舞いにきてくれました。
そのとき、友人が「フコイダン」の話をしてくれました。

こういうときは、「アガリクスがいい」、「プロポリスがいい」、「AHCCがいい」、「メシマコブがいい」と、見舞いに来る友人や知人は心配していってくれますが、私にはさっばりです。

ガンが健康食品で治るなんて、信じられなかったからです。

友人が次に見舞いに来たのは3日後でした。今度はなんと「フコイダン」を持って来てくれたのです。

友人の話では、会社の先輩が初期の乳ガンだったにもかかわらず、メスを入れずに治したといいます。あまり乗り気ではなかったのですが、せっかく持ってきてくれたので、悪いと思い、軽い気持ちで飲み始めることにしたのです。

飲み始めてから5日くらいしてからでしょうか、食欲が急に出だしたのです。

そのころは、ちょうど抗ガン剤の影響もあり、食欲はなく、ちょっとやせ始めていたころでした。また、私は長年冷え性だったのですが、フコイダンを飲み始めてから足の先が温かくてすぐに眠れるようになりました。

その上、ひどい便秘だったのですが、フコイダンを飲み始めてしばらくすると、毎日きちんと出るようになったのです。

こうなると態度が変わって、一生懸命に「超低分子フコイダン」を飲むようになりました。飲むにつれて腫瘍が柔らかくなっていくのが、自分でもわかりました。そして、手で触れると、しこりが小さくなっていくのです。

入院してから2カ月後、検査の結果、腫瘍が小さくなっており、血液検査の結果もかなり改善しました。その後、週1回の通院による治療に切り替わりました。

それから2カ月半後、私のガンは完全になくなっていました。無事、仕事にも復帰することができました。 ほんとうにありがたく思っています。



3ヶ月間で癌が消滅!

4カ月前、便に赤黒い血が混じっているようになりました。その上、便がいつもより細く、その前ごろから、理由もなくたびたび吐き気に見舞われるようになっていました。

血便を確認した次の日に病院を受診しましたが、]線や内視鏡の検査で、病名は大腸ガンと宣告を受けました。

手術で切り取るのですが、肛門の近くまでガンに冒されているので、人工肛門をつけなければいけないといわれ、ショックを受けました。

手術の日程は1ヶ月後になったのですが、これが私の命を救ってくれたことになりました。

家に帰ってから、健康食品を取り扱っている知人に相談いたしました。すると、「フコイダン」を是非にと勧められました。

アガリクスのことは知っていましたが、「フコイダン」なんて初めて聞く名前です。はっきりいって不安を抱きましたが、知人が熱心に話をしてくれるので注文することに決めました。

すぐに「超低分子フコイダン」を飲み始めることにしました。

飲用を始めて1週間目には、血便が改善したのには驚いたのですが、10日後には、細かった便が以前のように太くなってきました。それと同時に吐き気や便秘症状も徐々に改善してきたのです。

便が太くなったのは、おそらく腫瘍による腸への圧迫がなくなったからと聞き、このまま「フコイダン」を飲むことできっと改善すると確信できるようになりました。

その後、腹痛が出ることもありましたが、順調に改善し、手術前の検査では腫瘍の大きさが3分の1ほどになっていました。病院の医師からは、とりあえず手術は延期し、もう少しようすをみることになりました。

私は非常に幸運に恵まれたと思います。もし私の知人が「フコイダン」を勧めてくれなかったら、いまごろ人工肛門になっていたでしょう。

いまでも、再発予防のため「超低分子フコイダン」を愛飲しています。



リンパ節からの転移・・・

数年前より、帰省した折に母が何度か、「お父さんがよくトイレを汚して困る」とか、「夜中に何度もトイレに行く」とか愚痴を聞いていたことを思い出します。

初めは、ただ単に年のせいだろうなと考えていたのですが、それが、父の重大な病気の始まりだったのです。

ある日、母親から突然電話がありました。父の下着に血が着いていて、本人に聞いてもなんでもないといってるが、心配という内容でした。

私自身の仕事がたいへん忙しかったのですが、その週の日曜日に帰省しました。2日ほど休みを取っていましたので、翌日父を病院に連れて行くことにしました。

病院ぎらいの父がすんなり行くとは思えなかったのですが、「明日病院に行こう」というと、あっさり納得してくれました。やはり、自分でもかなり悪いと思っていたのではないでしょうか。

翌日、病院で検査を受けました。約2日がかりの検査になりました。その翌日も午前中まで検査が続きました。その検査が終わると、私は担当の先生に連絡先を告げ、福岡の自分の家へ戻りました。

京都の病院から連絡をもらったのは2日後でした。検査の結果は前立腺ガンで、骨盤内のリンパ節と腰椎に転移があるとのことでした。

進行の度合いは2期ということでしたが、外科手術をしても、おそらく腫瘍部分を全部摘出することは困難だろうとのことでした。

先生からこの事実を告げられたときは、体中の血が逆流するというか、親父の顔を思い浮かべると涙が止まらずに出てきました。

親孝行をせずに、心配ばかりかけた自分を悔やんだり、昔の思い出が頭の中に浮かんだり、結局その日は眠れませんでした。

しかし、母親には事実を伝えることができません。はっきりと「父がガンだ」というのも勇気がいります。もちろん、父にもいえません。

そのため、弟と相談し、しばらくは黙っておくことにしました。そして、弟と義理の妹も出きるだけのことはしようといってくれましたので、少しは勇気が出ました。その日から、弟と交替で週末に帰省することにしました。

そして父の検査結果が出て3週間後に入院の日が来ました。そのときは、私が付き添いました。みるみる元気を失っていく親父を見るのは非常につらいことでした。

父の場合は、高齢のため、手術はせずに、また抗ガン剤なども打たずに、ただようすをみるための入院でした。

次の週、会議で同席した友人から自分の父親が「フコイダン」というものを飲んで中期の胃ガンが治ったという話を聞いたのです。

その日、帰るとすぐに、「フコイダン」を取り扱っている会社に連絡し、父の家に送ってもらうことにしました。

父は、いやがらずに飲んでくれました。そのときになって初めて私は、少し期待を抱きました。

最初に父親がガンだといわれたときは、父は死んでしまうと勝手に決めつけていた自分を反省しました。家族が父といっしょにガンと戦ってあげる姿勢をみせなくてはならないのです。

「フコイダン」の効果は飲み始めて2週間後から徐々に出てきました。まず食欲が出て、肌のつやがよくなり、顔色もよくなったとのことです。

母からの連絡では、患部は多少痛みがあるものの、いたって元気になってきたといいます。体重も少しですが増えてきたようです。

私のなかの期待が日を追うごとに大きくなっていきました。
血液検査の結果からみても改善しているとのことでした。

父が元気に回復しているのが検査からも裏付けられているのです。
このときは目の前が明るくなりました。

それからは、父は順調に回復し、リンパ節転移、骨転移、原発ともにガンが小さくなっていきました。確実に快方へと向かって歩み始めているよです。

それから半年後、父の腫瘍は完全に消失していました。

この知らせを聞いたときは、涙が出ました。
父は高齢で、平均寿命を超しておりますが、何歳でも、また一日、一秒でも長生きしてもらいたいと心の底から思いました。



抗がん剤の副作用が・・・

私は、今から4年前に「乳がん」にかかり、右の乳房を全部切除しました。それから2年ほどは、何ごともなく過ごしていたのですが、3年目に腰痛がおこり、歩くこともできなくなりました。

病院で検査を受けたところ、「骨に癌があります」と先生から告知されました。

乳がんの再発なら、ひょっとしてもう助からない・・・頭の中は真っ白でした。

1ヶ月ほど入院して骨の癌を放射線で治療してもらい、その後は、化学療法とホルモン療法の飲み薬をもらって飲んでいました。

しかしそれは、よくなるのかどうか先が見えない上に、つらい副作用をともなう治療だったのです。私の場合、副作用は吐き気と食欲不振で、精神的にもふさぎこんでしまうことが多くなりました。

それから半年ほどして、また背中が痛くなり、病院でみてもらうと、がんが進行していたらしく、また、放射線治療をうけ、なんとか退院しました。

薬もあてにならない。なんとかしないとこのままでは取り返しのつかないことになる。
そう思っていました。

新聞の広告でアガリクスやメシマコブは知っていましたが、私はきのこ類が苦手で、においをかいだだけでも吐き気がします。

そんなときフコイダンを知ることになりました。
主人の親戚が、フコイダンで肺がんから生還したとのことでした。

しかし、高価なものでしたのでなかなか思い切りができません。
そんな私を見ていた主人が、わたしの知らないうちに「フコイダン」を注文していてくれたのです。

私は涙がでるほどうれしくて、ぜったいフコイダンでよくなるとこころに決めました。

超低分子フコイダンを飲み始めるようになって起こった最初の変化は、頑固だった便秘がうそのようになくなり、逆に少しゆるくなったようでした。

ちょっと心配になり、販売元に連絡すると超低分子フコイダンを飲み始めると最初の頃、多少便が柔らかくなる場合があるといわれたので、そのまま飲み続けることにしました。

言われたとおり2週間もすると便も普通の状態になりました。

飲み始めて1ヶ月もすると、体調のよさがはっきりとわかるようになり、ずっと悩まされてきた吐き気がなくなったのです。

そればかりか辛かった不眠の症状も、いつのころからか、よく眠れるようになりました。

超低分子フコイダンを飲み始めて3ヵ月後に検査を受けましたところ、恐れていた癌は見つからず、ほっと胸を撫で下ろしました。

超低分子フコイダンを飲み始めて1年になります。
今では、抗がん剤の副作用もすっかりなくなり、あんなに怖かった病院の検査も異常なく心から安心しています。



「余命半年」といわれて・・・

母は昨年2月に「子宮頸がん」で「余命半年」と診断されました。
医師からは「化学療法はやりますが、高齢のため期待できない」と最後通告のような説明を受けました。

ようするに末期で手の打ちようがないということのようでした。

母は、その病院で化学療法をうけましたが、副作用の苦痛は想像をはるかに超えるものでした。母が苦しむ姿を見るにつけ抗がん剤で体力がなくなり、このまま死んでしまうのではと思えてきました。

このまま化学療法を続けたとしても、はたして余命をのばせるのかどうか、思い切って医師に相談してみました。

すると、「約束はできません」というではありませんか。
まったく人を何だと思っているのでしょう。治る見込みのない治療を平気でするなんて信じられない気持ちでした。

母も「抗がん剤はやめたい。苦しむならこのまま楽になりたい。」とまで言い出しました。
私は、すぐに母を退院させることにしました。

しかし、このまま何もしないわけにはいきません。
私は友人、知人に片っ端から連絡して、いろいろな話を聞いたのです。

そのなかで、いちばん印象に残ったのがフコイダンというものでした。フコイダンなんて聞いたことがありませんでしたが、アガリクスより凄いと聞いたので、母にのませてみたくなりました。

早速、紹介してくれた知人に頼んで注文してみました。
届いたものを見ますとモズクからできているようです。原料がモズクとわかって、あれほど母を苦しめた副作用もないだろうと安心しました。

その日から、毎日4回、母はきちんと飲んでいるようでした。
飲み始めて2週間ほどすると、母の顔がふっくらしているように感じました。

相変わらず食は細いのですが、血色もよいみたいです。
2ヶ月もすると良くなっているのが目に見えるほど母は元気を回復しているようでした。

初診から3ヵ月後、病院で検査を受けました。
そうしたところ癌の進行がストップしており、3ヶ月前より小さくなっているとのことでした。

余命を宣告した医師が「私の誤診だったかもしれません。しかし不思議ですね」というほど、回復していたのです。

余命半年を経過した今も母は健在です。
最近では「超低分子フコイダン」がなくなると、自分で電話して注文しています。

こんな母を私は尊敬しています。

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